藤井聡太,八冠獲得
藤井聡太さんが,ついに現在のすべてのタイトル,八冠を獲得しましたね。すごいです。
そうねえ。ちょっと異次元の強さね。
今回の王座戦は,永瀬王座の研究が凄くて,ほぼずっと優勢でした。特に第三局と第四局は絶体絶命のところまで(勝率99%くらいまで)追い詰めましたが大逆転されてしまいました。藤井八冠は終盤絶対間違えないので,有利で終盤に突入すると,むしろプレッシャーになってしまうのかもしれないわね。絶対にミスできないと思うと逆にミスが出てしまうのかも。藤井八冠の相手を惑わせる終盤術もあるのかもしれませんね。
今の藤井八冠は,単発では一発入ることはあるかもしれないけど,タイトル戦のような番勝負では,ちょっと負ける気がしないわね。
でも,今でこそ対戦を生中継で見ることができるけど,昔は中継で見ることなんてできなかったのよ。(もちろんNHK杯などのテレビ対局は除く)
そうなんですか。中継が始まったのはいつ頃からなんです?
初めてタイトル戦にテレビカメラが入った日
初めて対局にテレビカメラが入ったのは,1978年,第36期名人戦です。当時の中原誠名人に森雞二八段(当時)が挑戦しました。(森雞二九段の「雞」の字は,「鶏」の異体字なんだけど,昔はパソコンでは出せなくて言葉で説明されていました)
森雞二九段は,将棋を覚えたのがなんと16歳という遅さで,その年齢から名人位挑戦まで強くなった人間は他にいないと言われています。
それまで将棋を打つところを,TVカメラが中継したことはなかったんですか?
囲碁は打つもの。将棋は指すものよ。
それまでは映像といえば,対局の初手を指した後と対局が終わった時にカメラが入るだけで,対局している様子を見ることはできなかったのよ。対局の様子は新聞で連載される観戦記を読むしかなかったわけ。
この時,実際に将棋を指しているところを初めてテレビカメラが記録したのです。もちろん生中継じゃないわよ。NHK特集かなんかで後でまとめられて放送されたわけだけど。
あっ,生中継じゃなかったんですね。で,どうだったんですか,その番組。
まず,名人戦が始まる前のインタビューで,森八段は,「中原名人の今までの棋譜を全て読みました。その結果,中原名人は強くない,という結論に達しました。相手が弱かっただけ。相手が勝手に転んでいるだけだということです」というようなことを言って話題を呼びました。
そして第一局の朝,森八段はなんと剃髪して現れて,周囲をアッと驚かせました。森八段は第一局,第三局に勝利してリードしましたが,千日手を挟んで三連敗し,名人位を奪取することはできませんでした。これらの経緯を,初めてテレビカメラが記録し,茶の間に届けられたのです。特に剃髪して現れた姿は話題を呼びました。
剃髪って,坊主頭になるということですか? これは驚きますね。
前日までは普通の髪で中原名人と一緒に写真を撮っていたのよ。中原名人は,当日の朝,現れた森八段を見て「心臓が止まるかと思った」と述べています。
その後1990年代になるとNHKでBS放送が始まります。BSでどんなコンテンツを放送するのか,試行錯誤していたのだと思うけれど,将棋では二大タイトルの竜王戦,名人戦,将棋界の一番長い日(A級順位戦最終局)を,囲碁では三大タイトルといわれる棋聖戦,名人戦,本因坊戦の生中継が始まりました。最初は結構長く中継していたような気がするけど,だんだん朝と夕方の放送だけに(将棋界の一番長い日は深夜も)落ち着いていったような気がします。
ついにテレビ生中継かぁ。今でもやってます?
多分今はやってないと思います。その後ネットが普及し始めたからね。ネットで棋譜が中継されるようになりました。さらにスマートフォンの普及で気軽に見れるようになりましたね。今はネットTVの中継でやっていますよ。最近はAIの進歩で,中継にAIの評価値が出て,形勢が素人でもわかるようになってきました。前は素人は解説者の解説を聞いてやっと理解できたんだけどね。
なんかネット中継見てる人って,昼食とかおやつに何を食べたか,異常に関心がありますよね。
当たり前じゃないの。将棋中継でそれが一番大事な情報じゃないの。(笑)
一番衝撃的だったのは,2002年(2001年度)の第51期王将戦の羽生善治王将対佐藤康光九段戦よね。佐藤九段が午後のおやつにキウイを注文したんだけど,それがお皿に山盛りだったのよ。結局その対戦は,確か羽生王将が穴熊に組んで,それを佐藤九段が雀刺し(1筋に飛車や香車など飛び道具を集中させて数の力で突破する戦法)で破ったのよ。ネットでは「キウイ刺し」と呼ばれて話題となりました。その後も佐藤九段はキウイを注文し続けて,4勝2敗で王将位を勝ち取りました。キウイの力で勝ち取った「キウイ王将」などと呼ばれていましたね。でも実際,佐藤九段が,キウイ2個以上注文した対局の勝率は10割だそうです。(実は将棋棋士の食事とおやつという,データベースがある)
なるほどー。それは重要な情報ですね。(笑)
他にも将棋界で,キウイじゃないけど,変な名前がついたりしたことはあるんですか?
ちょうどその頃かな,1900年代から2000年代に変わる頃,ミレニアムという言葉が流行ったのね。その頃流行した対振り飛車用の囲いはミレニアム囲いと呼ばれてたわね。
ミレニアム? ミレニアムってなんですか?
ああ,そうか。今の子は知らないか。世紀というのは100年ごとの区切りでしょ。ミレニアムのmilleは千という意味よ。ミルフィーユとかミルクレープとかあるでしょ。日本語では千年紀と訳されていて1000年ごとの区切りを言います。
あと,各棋士のキャッチフレーズにも面白いのがあるわよ。守り将棋を受け将棋というけど,独特な守りの手で有名な中村修九段は「受ける青春」と呼ばれています。中村九段は還暦を超えた今も「受ける青春」を謳歌しています。
なるほど。いろいろあるんですね。
ところで,今まで観戦してきた中で印象的だった対局はありますか?
色々あるけど,2008年の第21期竜王戦かなあ。渡辺明竜王に羽生名人(四冠)が挑戦したのね。竜王位を五期連続獲得するか通算七期獲得すると永世竜王位が与えられることになっています。で,この時は勝った方が初代の永世竜王位を獲得するという対戦だったわけ。で,羽生名人が三連勝したの。この時渡辺竜王の奥さん(伊奈めぐみさん。伊奈祐介七段の妹。現在は漫画家として,別冊少年マガジンにて「将棋の渡辺くん」を連載中)がブログで「ここであきらめたら試合終了だよ」と書いていました。(このセリフがスラムダンクの名台詞だったことはだいぶ後で知りました)で,第四局も羽生名人が必勝形で,渡辺竜王も,「羽生名人が次の手を指したら投了しよう」,と思っていたそうです。ところが羽生名人が次の手をなかなか指さないのです。渡辺竜王は,「あれっ,なんか良くない筋があるのかな」と思って読み直してみると,一つだけ打ち歩詰めになってしまう筋があるのを見つけたのです。
打ち歩詰めってなんですか?
将棋の三大禁じ手の一つよ。「二歩」と「行き所のない駒」とこの「打ち歩詰め」。すでに盤上にのっている歩を進めて玉を打ち取るのはOKなんだけど,手持ちの歩を打って玉を詰すのはダメなのよ。
歩を進めて詰すのはいいのに,手持ちの歩を打って詰すのはダメなんて不思議ですね。なんでですか?
現存する限りでは寛永13年(1636)に,2世名人大橋宗古が「象戯図式」に「打ち歩詰め禁止」がルールとして記載されているのが最初だそうです。さらに慶長7年(1602)に初代名人大橋宗桂が詰将棋集「象戯造物」に打ち歩詰めを打開する問題が出題されているそうです。というわけでおそらく16世紀,戦国時代にこのようなルールが作られたのではないかと考えられます。
「打ち歩詰めの禁止は,少し前まで家来だった雑兵が,いきなり旧主君の首を取るのは無礼だから」ではないかとも言われています。盤上に載っている歩は最初から敵方だけど,手持ちの歩は元々王の家来だったわけだからそれが敵方になって,旧主君の首を取るというのは,道義的にまずいということかもしれません。
なるほどー。戦国時代にできたルールだと考えれば納得のいく話ですね。
というわけで羽生名人は打ち歩詰めの筋を打開しなければならなくなり,玉を詰ますことができなくなってしまいました。結局その対局は渡辺竜王が勝利し,その後四連勝で初代永世竜王になりました。
囲碁では三連敗後の四連勝というのはあったんだけど,将棋ではこの時が初めてでした。
その後羽生九段も2017年に永世竜王位を獲得しています。これで当時あったタイトル戦7つの全てで永世位を獲得する,「永世七冠」という偉業を成し遂げ,「国民栄誉賞」を受賞しました。さらに羽生九段のすごいところは「名誉NHK杯(選手権者)」も得ているところです。NHK杯は10回優勝して初めて名誉NHK杯選手権者を獲得することができます。(囲碁では坂田栄男,二十三世本因坊栄寿が名誉NHK杯を得ている)
NHK杯10回優勝というのはきついです。タイトル戦と違ってトーナメントなので優勝しても,次の年は防衛戦ではなく二回戦から戦わなくてはなりません。タイトル戦は番勝負なので一局や二局負けても大丈夫ですが,トーナメントは一回負ければ終わりです。しかも早指しなので,どうしても間違えた手を指してしまう可能性が高いのです。羽生九段は11回も優勝しています。しかも第58回(2008年)から第61回(2011年)まで4連覇し,その翌年も決勝まで勝ち残ったことから24連勝という驚異的な記録を残しています。
羽生七冠と藤井八冠(ヒトAI)2 へと続きます。