酸化チタンの強力な酸化力
$$\require{mhchem}$$
世界中から期待されていた,水の光分解で水素を作ろうという試みは,どうも大量につくるのは難しそうだということになって暗礁に乗り上げました。
困りましたね。
ところで,酸化チタンってなかなか手に入らないものなんですか?
いえ,白色塗料とか,化粧品のおしろいとかに普通に使われているわよ。そこら辺にある材料だっただけに,光触媒の作用は驚きだったわけね。
酸化チタンの光触媒のすごいところは,非常に強力な酸化作用があることです。水中,あるいは空気中で活性酸素(酸素ラジカル)が発生します。水の浄化に用いられる塩素や過酸化水素,オゾン,あるいは過マンガン酸カリウムなどよりも酸化力が強いそうよ。おかげで,有機物質のアルコールや植物の葉,さらにゴキブリまでも酸化し、二酸化炭素にまでも分解する作用を持ちます。
ゴキブリを酸化,分解するんですか? そんなことできるんですか?
昔,湘南の鎌倉プリンスホテルでシンポジウムがあった時,藤沢から江ノ電で行ったのよ。はじめは家屋の軒をかすめるように走っていく。で,突然湘南の海に出て,一面の海が広がるのよ。でもその時は,パーッと一面の赤い海が広がっていたわ。
夕日だったんですか?
違うわよ。一面の赤潮だったのよ。
赤潮は富栄養化で起こることは知ってるわよね。有機物質が大量に流入すると富栄養化が起こりプランクトンなどが大量発生します。
COD( Chemical Oxygen Demand : 化学的酸素要求量 )で水質の汚濁度合いを調べるのですね。化学でやりました。
なぜ酸素要求量を調べることが,水質の汚濁度合いを調べることになるのですか?
えっ,それは考えたことがありませんでした。
そもそも,生物のエネルギーというのは植物などによる光合成によって得られます。
\( \ce{CO2} \) や \( \ce{H2O} \) といった完全酸化物から,光のエネルギーによってエネルギーの高いグルコース(ブドウ糖) \( \ce{C6H12O6} \) などの還元物に変えて貯蔵します。
それを呼吸によって少しずつ分解して,最終的に\( \ce{CO2} \) や \( \ce{H2O} \) などの完全酸化物にします。
この間に ATP などのエネルギー物質を得るわけです。
ですから呼吸の化学反応式と,グルコースを燃焼させた時の化学反応式は全く同一です。
呼吸・燃焼 \( \ce{C6H12O6 + 6O2 -> 6CO2 + 6H2O} \)
( ただし生物では \( \ce{C6H12O6 + 6O2 + 6H2O -> 6CO2 + 12H2O} \) としている )
ただ燃焼とは異なり,呼吸では少しずつ分解してその間に ATP を得ていくのです。
酸化物とか還元物とかというのはなにか意味があるのですか?
大ありです。酸化物はエネルギーが低く,還元物はエネルギーが高いと思ってください。ものは燃えると火がついて,熱と光を出しますよね。あれはエネルギーが低くなるために,その余ったエネルギーを放出しているのです。燃えると周りの温度が下がったなんていうことないでしょ?
で,水質汚濁の原因となる有機物は,細菌などの分解者によって酸化され,\( \ce{CO2} \) や \( \ce{H2O} \) などへと分解されていきます。われわれ生物は光のエネルギーによって還元物として体を構成し,死ねば分解されて完全に酸化される運命にあるのです。
汚濁物質が多いと,それを分解するのに多くの水中の酸素を必要とします。そうすると水中の酸素が足りなくなって,周囲のさかなが大量死したりすることもあります。
羽田沖のアナゴは死なないでほしいなあ……いや,ただの独り言です。(笑)
死ぬこととは,完全酸化物になることと見つけたり。な〜んてね。
藤嶋昭の教授職を継いだ橋本和仁は,講演で,ゴキブリが光触媒で酸化されて水素が発生する話をすると,どこでもすごく受けるんですって。ところが出身地の北海道の南幌中学校でこの話をしたら全然受けなかった。みんなゴキブリがどんなものかよくわからなくて,ピンとこなかったらしいのよ。
北海道あるあるですね。
光触媒が示す超親水性
さて,話をもとに戻しましょう。光触媒をどうしたものかと,東大工学部5号館(応用化学系研究棟)の黄ばんだトイレで用を足していた時,ゴキブリを光触媒で分解できるなら,トイレの黄ばみの原因菌も分解できるんじゃね」ということでした。大量の物質を処理するのが無理なら,微量物質になら使えるのでは,という発想でした。
が思いついたのは,「「ト,トイレの黄ばみですか」
さっそく,TOTOと共同研究を開始しましたが,最初は苦労もあったようです。
橋本によると,
「当時はまだ、大学が企業と組んで研究することに、非常に抵抗が強かった時代。まして便器の黄ばみの研究を東大で行うとはいえず、土日にこっそり集まって実験をしたものです」
だそうです。学園紛争時代は,学生が「産学協同を許すな!」と騒いでいましたからね。
はあ。それは大変でしたね。
ちなみにアメリカのロックバンド TOTO は,便器に書かれた名前から取られたという噂がありました。(松任谷由実も深夜放送で紹介していたとか)でもこれは,日本で人気が先行していたことへの,彼らのリップサービスだったようです。のちにスティーヴ・ルカサーは「俺はこのバンド名が好きじゃないんだ。イヤんなっちゃうよ、世界的に有名なトイレメーカーと同じ名前なんだぜ。皮肉っぽくてギャグとしちゃ面白いとは思うけどね」と語っています。(しかしロックミュージシャンだとなんで語尾が「なんだぜ」みたいな訳になるのか)
さて,話をもとに戻すと,この強力な酸化力によって,黄ばみを抑えて色を白く保つ事ができ,ニオイのもとも分解することができます。
トイレだけではなく建物の外壁に用いれば,汚れ物質を分解することができます。
更に撥水効果を加えれば汚れがつきにくくなる,と研究を進めていたのですが,出来上がったものは全く逆のものでした。撥水効果とは思いっきり水を弾く効果のことですが,光触媒で起こったことは逆に超親水性に変化してしまったのです。酸化チタン光触媒をコーティングした表面は、極めて水になじみやすくなり、水をかけても薄い膜となって流れてゆきます(下写真)。これは学術的に新規な現象であり、1997年やはりNature誌に掲載されました。
ああ,撥水性のガラスコーティング剤ならよく見ます。車のフロントガラスに塗ったりするやつですよね。
酸化チタン(光触媒)の応用
というわけで酸化チタンによる光触媒には,二大性質があります。
・ 強力な酸化力
・ 超親水性
です。で,これらの性質を利用して,その応用面では六大機能というものに分類されています。
・ 抗菌・抗ウイルス
・ 防汚
・ 防曇
・ 脱臭
・ 大気浄化
・ 水浄化
防汚(ぼうお),防曇(ぼうどん)。なんかすごいことばですねえ。
まずは建物の外壁。これはかなり広く使われ始めています。汚れを酸化力で分解して,雨が降れば超親水性で洗い流す。油分も超親水性で浮かせて流れます。というわけでセルフクリーニングができるので,ほとんど掃除が必要なくなります。さらに空気中の窒素酸化物 NOx も分解してきれいにしてくれます。すでに世界中の有名な建物やスタジアムで使われています。日光の東照宮でも防カビに使われているそうです。
はあ,空気まできれいにしちゃうんですね。
あきなちゃんの好きな防曇。すでにトヨタのドアミラーに使われていて,今後カーブミラーなども増えそうです。
私が好きって,べつに……
防汚,防曇の応用としては酸化チタンコーティングのガラスも広く使われています。ルーブル美術館のピラミッド型入場口のガラスにも使われています。これも掃除がほぼ必要なくなります。
トンネルや防音壁,高機能舗装に混ぜれば NOx も除去されます。
水浄化ではレジオネラ菌の除去や汚染地下水のダイオキシンの除去も行えます。さらに農業周りの水浄化でも農業生産に役に立っているそうです。
はあ,ずいぶんいろいろと使われているんですね。
いや,まだまだこんなの一部なんだけど,今の時代どうしても注目しておかなければいけない分野があります。
抗菌・抗ウイルス性です。既に手術室などに応用されていて,空気中に漂う菌やウイルスも除去されていると報告されています。空港などでもウイルスが除去されているとベトナムや新千歳空港でも報告があるそうです。
抗菌・抗ウイルス加工済みと書かれているものには結構このコーティングがなされているものが多いです。ヒトの手の触れるドアノブや手すりなども今後コーティングが進むでしょう。カーテンやブラインドやマスクなどにも使われはじめています。
空気清浄機にも応用されていますね。光触媒が内部で菌やウイルスを分解するわけです。普通は菌やウイルスの死骸が残ってしまうのですが,光触媒だと完全に分解して残らないところがすごいところです。
先生,もしかして宣伝費もらってません?
もらってるわけないでしょ。あ,でも,もし頂けるのなら,ください。