2023年度ノーベル生理学・医学賞
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今年度のノーベル生理学・医学賞が決まりましたね。本命のmRNAワクチンですか?
そうね。予想通りカリコー・カタリン(Karikó Katalin)とドリュー・ワイスマン(Drew Weissman)でしたね。
あれっ,カタリン・カリコじゃないんですか?
一応ハンガリー人なのでハンガリー読みに合わせておきます。姓がカリコーです。
mRNAワクチンによってこれだけ早くワクチン生産が可能になったのだから,まあ,妥当でしょうね。
そういえば,昨年ノーベル賞候補の方が亡くなった話がありましたよね。
mRNAワクチン1 〜キャップ構造の発見(古市泰弘さんを偲んで)〜 ですね。
古市さんが今も生きていればノーベル賞を受賞できたのかどうかはわかりません。ただ,今年は受賞者が2人だったので,席は空いてましたね。
mRNAワクチンの作り方
mRNAワクチンってどういうものですか?
1,273 個のアミノ酸からなる,コロナウイルスのスパイクタンパク質の遺伝子をT7ファージのプロモーターにつなぎます。T7ファージのプロモーターはT7ファージのRNAポリメラーゼでしか働きません。
ファージってなんでしたっけ?
細菌に感染するウイルスです。
そうですね。このDNAにT7ファージのRNAポリメラーゼを加えて転写させます。
大腸菌に作らせるとかではなく \( in \: vitro \)(試験管の中で),というかタンクの中で作らせます。(セルフリー系)
この時,キャップ・オリゴマー(m7GpppNmpN)を加えておくとmRNA の頭にキャップ構造が付きます。3’のpoly(A) tail は遺伝子に書いておけばいいですね。
おおっ,キャップ構造も poly(A) tail もついた mRNA ができましたね。
あとはこれを注射すればOKですか?
実はこのままじゃワクチンとしてはうまく働かないのよ。
外から入ってきた異物と認識されて,炎症を起こしたり,自然免疫によって排除されてしまうのです。
あらま,どんなメカニズムで排除されるのですか?
パターン認識受容体(Pattern Recognition Receptor:PRR)
実は細菌やウイルスなどの病原体に特有な分子を認識するパターン認識受容体というのがあるのよ。
一番有名なのはトル様受容体(Toll Like Receptor:TLR)ね。それは知っているでしょう。
免疫は大きく分けて2種類あるのは知ってるわよね。何と何だっけ?
自然免疫と獲得免疫です。自然免疫は原始的な免疫で獲得免疫は進化した洗練された免疫というイメージですね。
そうね。確かに自然免疫は侵入してきた敵をただ食べるだけというイメージよね。
でもトル様受容体の研究から,獲得免疫がはたらくためには自然免疫による異物が侵入しましたよというシグナルが必要であることがわかってきました。自然免疫と獲得免疫は協調して働くものだったのです。この研究には,2011年にノーベル生理学・医学賞が与えられました。実は有力な候補だった大阪大学の審良静男(あきらしずお)がノーベル賞を取り逃がしてしまいました。トル様受容体に関してはいずれ詳しくお話ししますね。
せっかく作ったmRNAですが,体内に入れると,体外から侵入したRNAを認識するトル様受容体(Toll like receptor:TLR)や,RIG-I 様受容体(RIG-I- like receptor:RLR)(リグアイと読みます)などのパターン認識受容体によって免疫が活性化され,炎症や異物排除のスイッチが入ってしまうのです。なのでmRNAを体内に入れてもワクチンとしては機能しなかったのです。
そうか。そこを打開するためにはブレークスルーが必要だったわけですね。
そうです。そこが今回のノーベル賞につながりました。
カタリン・カリコは,RNAを医薬として使うために長年研究してきましたが,アメリカでの研究生活はかなり悲惨なものでした。研究費もなかなか当たらないし,ポストも格下げされたり,職を失ったり苦しい年月だったようですね。
何でそんなに評価されなかったのですか?
DNAとRNAの違い
DNA(デオキシリボ核酸)と RNA(リボ核酸)の違いはいろいろあるけれど,一番の違いは名前の通り,糖の部分がデオキシリボースとリボースであることですよね。
2’が H か OH かの違いですよね。オキシは酸素で,デは除くという意味だからリボースから酸素原子が一個取れているのでデオキシリボースなんですよね?
大した違いには思えませんが,何で違っているんでしょうね。
大違いですよ。2’が H だと極めて安定になります。2’が OH だと3’にくるリン酸と反応してしまって非常に分解されやすいのです。
だから当時の科学者にとっては,mRNA医薬は不安定すぎて分解されやすく、薬に使うのは難しいと考えられていました。なので評価は非常に低かったのです。
NIH(米国立衛生研究所)からは,保存中に劣化するものは医薬品として使えないと言われたそうです。最低でも2年間は保存できる必要がある,と。
何を隠そう私も,なぜよりによって RNAをワクチンに使う必要があるのか, DNAワクチンでいいじゃないかと思っていました。
あらあら,先生もですか。でもなぜカリコはそんなにRNAにこだわったのでしょう?
カリコは,分解されやすいというRNAの性質が,逆にプラスに働くと考えたのです。分解されやすいため,体内に長く残らず、消え去ってくれるはずだ,と。
なるほど。そういう発想がノーベル賞を取る秘訣かぁ。
大体ノーベル賞を取るような学者は,誰が何と言おうと,自分のやりたいテーマをひたすら追求し続けている人が多いわね。もっともそうしているからノーベル賞をもらえるというわけじゃないけどね。
このテーマをやればノーベル賞もらえるなんて考えてる人は大抵ダメ。そんな研究生活楽しくもないだろうしね。
リボザイム(Ribozyme)の発見
RNAが分解されやすいということは,逆にいえば反応しやすいということです。
RNAは複製もできるし,反応もしやすい。だから生命の最初は RNA だったという RNAワールドという考え方が生まれてきたのですね。で,遺伝子としての機能はより安定なDNAへ引き継がれ,酵素としての機能はより化学的に多様な性質をもつタンパク質へと引き継がれた,と。
その通りです。RNAが酵素活性を持つ(リボザイムと呼ぶ)という衝撃的な発見はシドニー・アルトマン(Sidney Altman)とトーマス・チェック(Thomas Cech)によって行われ,1989年,ノーベル化学賞を受賞しています。
ノーベル賞につながった大発見とは
評価を得られないままだったカリコは,1997年か1998年に,コピー機で,ワイスマンと運命の出会いをします。 RNAの専門家だったカリコと,免疫,ワクチンの専門家だったワイスマンが出会ったことで mRNA ワクチンの研究が始まります。ただ,先に言ったように拒絶反応が起きて炎症を起こし,細胞が死んでしまうのです。mRNAの長さを変えたり、形を変えたり,試行錯誤を重ねますが思うような結果を得られない日々が続きます。
困りましたねえ。で,どう打開したのですか?