お座敷小唄
$$\require{mhchem}$$
〽︎富士の高嶺に 降る雪も
京都先斗町(ぽんとちょう)に 降る雪も
雪に変わりは ないじゃなし
溶けて流れりゃ みな同じ
何ですか,その歌。
それに,雪に変わりは ないじゃなし,ってところおかしくないですか?
「お座敷小唄」よ。1964年に和田弘とマヒナスターズと松尾和子が出した歌らしいわ。
WIKIによると,この歌は和田弘が広島の繁華街,流川にあった「花」というスナックで,ホステスと客が歌っていた歌を採譜したものらしい。元歌は「雪に変わりはあるじゃなし」だったのを,メロディに乗りやすいという理由で変えたという。歌詞については,ずいぶんおかしいという批判はあったそうよ。WIKIのその根拠となる資料に挙げられているのが,月刊明星,週刊現代,現代の眼など。前の二つはわかるけど,「現代の眼」といえば我々の中では全共闘,新左翼系の雑誌というイメージがあるから意外。1965年なので,まだ新左翼系に振れる前だったのね。
『現代の眼』は「元歌が広島の日陰の女たちによって歌い継がれていたということは、偶然といえない意味を持つ。"雪に変わりが有るじゃなし"という歌詞には、全ての努力に背を向ける諦念と並んで、全ての現世的価値を否定する全面的な抵抗の起点がある。原水禁運動を始め、多くの文化人たちがヒロシマを未来への始点とみなすとき、広島は日本の思想伝統の陰部を讃え続ける場所として、この歌によりいかにもその地にふさわしく受動的に自己を表明したのだ」などと論じている。『現代の眼』1965年2月号、現代評論社 WIKIより
ムズカシイ。それに,この歌にこの評論,大げさすぎませんか?
まあ,あの頃はこれが普通だったからね。時代を感じさせるわね。
ところで,私にはこの曲というと,五月みどりが歌っていたというイメージが強いんだけどね。
誰ですか? 五月みどりって。
そうね,知らないわよね。
確か「色気サソリ」と呼ばれていた人。あれっ,違うか。カマキリだっけ?
そうだ,「色気サソリ」は私の小学校の同級生の女の子のあだ名だったわ。
小学生のあだ名が「色気サソリ」ですか? 笑笑笑
五月みどりとは中森明菜の「少女A」が流行っていた頃,便乗して「熟女B」という歌を出した人よ。・・・・・
あれあれっ? もしかして私・・・・・・・そうか。そうだったのか。
そうかぁ。そういうことだったんですね。自分のことなのに知らなかったぁ。
ところで,このお座敷小唄という歌がどうかしたんですか?
この歌を聴いてて,また,ネタを思いついたのよ。
また思いつきネタですかぁ?
今度はどんなことが気になるんです?
今回思いついたのは,「富士の高嶺の水と,京都先斗町の水は本当に同じなのか」ということなんだけど。
ん?どういうことですか?
もしかして,水に含まれている不純物が違うとか?
違うわよ。不純物なら違うに決まってるじゃないの。
純粋に水同士が同じかどうかという話。
だって,水分子なら, \( \ce{ H2O } \) だから,同じに決まってるじゃないですか。
・・・・・・・・
あっ,もしかして同位体(アイソトープ)のことを言ってます?
ご名答。同位体って何でしたっけ?
同位体(アイソトープ)とは
元素は陽子の数によって決まります。陽子の数が 6(原子番号 6 )ならばその原子は「炭素」となります。原子核には陽子の他に中性子もあります。中性子の数が異なっても化学的性質は変わりません。陽子の数が同じで中性子の数が異なる原子のことを同位体といいます。
そうね。原子の化学的性質は電子の数によって決まるんだけど,原子においては電子の数と陽子の数は同じだからね。
さて,水素と酸素の同位体はどういうのがありますか?
水素の同位体は,安定同位体が \( \ce{ ^{1}_{1}H } \) ,\( \ce{ ^{2}_{1}H } \) の2種類,放射性同位体が \( \ce{ ^{3}_{1}H } \)です。
そうね。水素の場合は質量が2倍,3倍になるので特別に同位体に名前があります。\( \ce{ ^{2}_{1}H } \) が重水素(デューテリウム、deuterium), \( \ce{ ^{3}_{1}H } \)が三重水素(トリチウム、tritium)と呼ばれています。トリチウムは生化学ではよく物質の標識(トリチウムラベル)に用いられていました。
酸素の同位体は安定同位体が \( \ce{ ^{16}_{8}O } \) , \( \ce{ ^{17}_{8}O } \) , \( \ce{ ^{18}_{8}O } \) ,の3つです。
安定同位体で考えると, \( \ce{ H2O } \) は何種類あることになりますか?
Hが, \( \ce{ ^{1}_{1}H } \) \( \ce{ ^{1}_{1}H } \), \( \ce{ ^{1}_{1}H } \)\( \ce{ ^{2}_{1}H } \),\( \ce{ ^{2}_{1}H } \)\( \ce{ ^{2}_{1}H } \)の3種類,
Oが \( \ce{ ^{16}_{8}O } \) , \( \ce{ ^{17}_{8}O } \) , \( \ce{ ^{18}_{8}O } \) の3種類,
それぞれかけあわせて9種類あることになります。
はい,正解です。
さて,同位体は化学的性質は同じですが(反応速度は異なる場合がある),質量が違うことにより物理的性質,例えば沸点や融点などが異なってきます。このため,蒸発時には質量の小さな同位体から気化し,凝結時には質量の大きな同位体から液化します(レイリー蒸留)。このような現象を同位体効果といいます。
富士山でいうと,麓から雨が降り始めるとき,質量の大きな同位体から降り始め,高いところでは質量の小さな同位体が残っています。つまり標高が高くなるほど同位体比は小さくなるのです。これを高度効果といいます。
だから富士山の伏流水の同位体濃度を調べると,どの高さに降った雨水由来なのかがわかるのです。
さて,ということは,京都先斗町の水と富士の高嶺の水とは本当に同じなのでしょうか?
なるほど。ということは京都先斗町の水に比べると富士の高嶺の水は同位体比が小さいはずだというわけですね。とすると富士の高嶺の水の方が密度も小さいはずですね。
そうです。
だから,南極や北極の氷も日本の水とは同位体比は異なっています。
また,温度が高くなると同位体比が高くなる(温度効果)を利用した,同位体温度計を使えば過去の気候変動も調べることができます。
南極の氷床からボーリングして採取した氷の同位体比を調べることで,何十万年もの過去の気温の変化について調べることができるのです。
同位体比を調べることでいろいろなことがわかるのですね。
はやぶさ2によってもたらされたリュウグウサンプルの解析結果
それだけじゃありません。太陽系ができた時にその惑星がどの場所でできたかということもわかります。
最近,はやぶさ2が持ち帰ってきたリュウグウのサンプルの解析結果が一部発表されましたね。
ああ,水や23種類のアミノ酸が検出されたとか。これって,これらの小惑星から生命の源がもたらされた,ということなのでしょうか。
これからの解析も進めないとはっきりしたことはまだわかりません。ただ,隕石が地球上の生命の誕生の源となったという可能性は残されたということです。
地球ができたときは火の玉だったから,仮に生命の源がもたらされたとしても,地球が冷えたのちに衝突してきた隕石由来ということですよ。また,脂肪族炭化水素も発見されて,岩石と密接に絡んでいることもわかりました。このことはリュウグウが30℃以上の温度を経験していないことを示しています。ということは,リュウグウがあまり熱の影響を受けず,形成当時の情報を保っていることを示唆しています。
なるほど。太陽系ができた時の様子をそのまま残している可能性が高いのですね。じゃあリュウグウの石はとても貴重なサンプルということになりますね。
リュウグウが太陽系のどこで形成されたかについては何か情報は得られましたか?
はい。水素と窒素の同位体比を解析したところ,地球より重い同位体が多く,宇宙塵や彗星に近い組成を示しました。このことから,リュウグウは太陽系外縁部で形成され,地球近辺に移動してきたことがわかりました。リュウグウは遠い太陽系の果てでできた星だったのですね。
果たして地球上の生命の誕生の謎がどこまでわかるのか,今後の研究の進展が楽しみですね。
※ 2023年2月,九州大学らのグループは,サンプル中に2万種類の有機物を見つけたという。アミノ酸は20種類見つかり,そのうち生物のタンパク質に含まれるアミノ酸は5種類だったという。我々地球上の生物は基本的に,鏡像体のうちL型のアミノ酸を使っているが,L型とD型が等量存在しており,(いわゆるラセミ体)これらのアミノ酸は生命由来のものではなく宇宙空間で作られたことがわかった。(もしL型が多ければ,生命が宇宙由来であることを示唆する結果になったはず)
また,広島大学のグループは,複雑な分子構造をした黒い有機物が試料に多く存在することを発見した。この有機物は、水を豊富に含んでいたリュウグウの元となった母天体でできた可能性があるという。こうした有機物が初期の地球に降り注ぎ、生命の材料となった可能性があると考えられる。