自由意志に関する最近の実験(脳のゆらぎ)
先生,リベットの実験って本当に正しいんですか?本当に正しいのかちょっと信じられないんですけど。
リベット自身も何回も追試しているし,他の人ももちろん何回も追試してます。結果は同じです。最近は機械も発達してきているから,より洗練された形で実証されているわ。例えば fMRI とか,それより解像度の高い fOCT(functional optical coherence tomography)なんかで,どこが発火しているか細かく調べることができるようになっています。
そうなんですか。確かなんですね。
手を動かすとかじゃなくて,思考についても同じような現象が起こることがわかっています。自由に物事を思い出してもらうという「自由想起」実験。何かを思い出す前に,それに関する海馬のニューロンが既に活動を始めているという結果です。活動を初めて約 1.5 秒後にそのニューロンに対応した内容を思い出すらしいのよ。つまり海馬の活動を観察していれば,あなたが思い出す前に,あなたが何を想起するのか,知ることができるということ。
なんか怖いですね。
他にもあるわよ。プロのゴルファーって,難しくないパットなら,基本的に沈められるわよね。でも,プロでもタマにミスすることがあるでしょ。
ああ,簡単なパットをミスして,外国の超有名なゴルファーがパターで腹切りのマネをしているのを見たことがあります。
プレイヤーの脳活動を観察していれば,成功するか,失敗するかを予測できるというのよ。脳の状態はいつも一定ではなくて,常にゆらいでいるの。何か行動を起こす時そのときの脳の状態,脳の「ゆらぎ」の状態によって,結果がいろいろと変化する,というわけ。パッティングに関して言えば前頭葉のゆらぎを観察すれば予測できるんですって。しかもどれくらい外れるか,ホールとの距離まで予測できるんですって。
なんか怖くなってきました。
ルビンの壺とかルビンの盃とか言われている絵知ってるわよね。
ああ,これなら見たことあります。黒い部分に着目すれば,人が向かい合っているように,白い部分に着目すれば,盃のように見えるという絵ですよね。
そう。じっと見ていると,人に見えたり盃に見えたりと入れ替わる絵ね。でその実験では,パッと見た瞬間にどちらに見えるかを答えてもらうの。MRI で脳を観察しておけば,絵を見る 2 〜 3 秒前にはどちらに見えるか当てられるそうよ。
それだけではありません。記憶にも関係してきます。ものを覚えようとしている時の脳のゆらぎを観察しておけば,後で思い出せるかどうかが予測できるそうよ。覚えられる脳の状態と,覚えられない脳の状態があるということね。
注意力もそう。単純作業を繰り返している時,うっかり作業ミスをするのを,6秒前から30秒前に有意に予測できるらしい。
はぁ。私達って脳のゆらぎに支配されてるわけですか? なんだかなぁ,って阿藤快かい。
今記憶するべきタイミングだって教えてくれる機械できませんかね。
それはそうと,先に手が動いたと感じてから(知覚),手を動かす司令を脳が出す(運動),という順番でしたよね。それはどういうことなんです?
知覚と運動はある程度独立した機能であるということを意味しています。手を動かせと命令する脳の部位をTMS(脳の特定の回路を一時的に不活性化させる磁気刺激装置)でマヒさせると手を動かすのが当然遅れます。ところがこの時動いたと感じる知覚はほとんど変化しないそうよ。
自分は手を動かしたと感じているのに,まだ全然手を動かしていない,という状況が続くわけですね。なんか気持ち悪いです。
そういえば,今日は自由否定( free-won't )の実験の話ではなかったでしたっけ。
0.2 秒の自由意志
被験者にまず緑のシグナルを見せます。緑の間は被験者は好きなタイミングで足元のボタンを押して中断することができます。シグナルはランダムに赤に変わります。赤の間は中断することはできません。中断しようとすると,そう決断する 0.5 秒前には脳内に準備電位が現れるのでしたね。準備電位が現れたときに赤に変わるように設定します。準備電位が現れてから自分が決断する間にそれを止める(自由拒否)ことが本当にできるのかどうかを調べたのよ。
で,どうだったんですか?
見事にできました。自由拒否( free-won't ),(拒否権の発動と呼びましょうか)は実際にあったのよ。ただしそれができるのはわずか 0.2 秒の間だけ。0.2 秒の自由意志というわけね。
別のグループの研究では,拒否権を発動したときとしなかった時の脳の活動を調べると,拒否権の発動したときのみ,前頭葉の一番前の部分と,側頭葉の一番端の部分が活動していたそうよ。
はぁ,私達の持っている自由って 0.2 秒の間だけ,前頭葉の一番前の部分と,側頭葉の一番端の部分だけに存在するっていうわけですか? なんか寂しいですね。
でも拒否権発動の余地が残っていたというのは重要なことなのよ。もし犯罪者が,「脳が勝手に押し付けてきたんだから,自分の意志で犯罪を犯したわけではない。だから自分が刑に処される理由はない」と主張したとします。自由意志がないのなら,確かに刑に処することができるのかという問題が残ってしまいます。ただ,脳が人を殺そうと動き始めたとして,そこに拒否権の発動ができるのであれば,拒否権の発動をしなかった人は犯罪者だと認定できることになります。
なるほど。少し安心しました。