新型コロナで，日本がPCRをファーストスクリーニングに使用しなかった理由

もし，人間ドックに行って，検査結果で，腫瘍マーカー陽性となっていたらどうしますか？

ま，普通そうなるわよね。ただ，腫瘍マーカーはがんのファーストスクリーニングとして使用するのには適していないのよ。

実際の例を示します。まず腫瘍マーカー CEA の場合を見てみましょう。

まず，がんの人を検査してがんと判定される確率を感度，がんではない人を検査してがんではないと判定する確率を特異度と呼びます。この場合，感度，特異度をともに 80 ％とします。

この表をちょっと説明すると，
まずがんの有病率を 1 ％としているので検査を受けた人 1000 人のうち，がんの人が 10 人，がんでない人が 990 人です。
がんの人 10 人のうち，感度が 80 ％だから「がんの疑い」と判定される人が 8 人，されない人が 2 人。
がんでない人 990 人のうち，特異度が 80 ％だから，「がんの疑い」と判定される人が 198 人，されない人が 792 人。

「がんの疑い」と判定された人は，8 人と 198 人合わせて 206 人。このうち，本当にがんの人は 206 人中 8 人。

陽性的中率は \( \displaystyle \frac{8}{\;206\;} \times 100 \; = \; 3.88 \) ％。

腫瘍マーカー陽性と診断された方のうち，本当にがんの方は４％に過ぎないのです。

さらに腫瘍マーカーが血中に出ているということは，がん細胞が死んで，マーカーが細胞外に漏れていることを意味します。がん細胞が死ぬということは，腫瘍が大きくなって，中心部に血液，栄養がまわらなくなっていることを示しています。ということは早期発見には使えないということです。ですから人間ドックで腫瘍マーカー検査をすることは意味がありません。

ただ，前立腺がんの PSA というマーカーだけは，早期発見に使えます。それ以外は検査する意味はないでしょう。
（この辺りの話は，医学部の推薦入試や小論文に出題される可能性があります。というか既に出題されています）

腫瘍マーカーはファーストスクリーニングには向いていないけど，がん患者が治療の効果をチェックしたり，再発していないかチェックしたり，というがんの動態を知るモニターとしては有効です。

現在，miRNAを使った検査など，新しいスクリーニング法が開発されつつあります。また，新しい治療法なども開発が進んでいるので，そこら辺については，おいおい，お話ししていきますね。

さて，新型コロナ対策として，日本は PCR 検査をファーストスクリーングとしては行いませんでした。
中国とか以前の韓国とかは PCR で徹底的にスクリーニングする対策を行なっていましたね。（オミクロン株が主流になってからは，韓国や他のアジアの国々も，中国以外は（あっ，あと一応北朝鮮もw）ゼロコロナ政策をやめています）

以前は，マスコミが「韓国や中国を見習って，徹底的に PCR 検査を行え」の大合唱でした。中には毎日口を尖らせて  PCR と叫ぶ素人コメンテイターもいました。

あまり感度の良くない検査でファーストスクリーニングを行ってはいけないという鉄則があるからです。

初期の頃，PCR 検査の感度は 70 ％と言われていました。
とすると，大規模スクリーニングを行うと，上の例で見たように，大量の偽陽性者（本当は感染していないのに感染者と判定されること）や，大量の偽陰性者（本当は感染しているのに非感染者と判定されること）が街に溢れることになってしまいます。
今回の感染症では，陽性と判定されれば，すぐに隔離しなければならないことになっていました。
もし，大量の偽陽性者で溢れれば，それを隔離するのに社会が破綻することは必至です。
また，大量の偽陰性者が，お墨付きを得て大手を振って一般社会に入り込みます。
一般の方は，PCR 陽性 =  感染者，PCR 陰性 = 非感染者，と思ってしまっています。そうではないことは今まで話してきた通りです。

ですから，あえて日本ではそういう対策は取らなかったのです。

やはり感染率が高すぎるからです。今までと違ってゼロコロナは無理です。そして重症化率も低いので，無理してゼロコロナをする意味がないのです。