ルネ・トムとは
さて,カタストロフィといえば欠かすことのできないのが,ルネ・トムのカタストロフィーの理論です。
ルネ・トム?
何者ですか?
ルネ・トムはフランスの数学者,トポロジーの専門家です。1958年にフィールズ賞を受賞しています。代数的トポロジーや微分トポロジーの第一人者だそうです。コボルディズム理論の創始者の一人でもあります。
1976年,ゴダールによって,ルネ・トム自身を扱った映画を撮影されたこともあります。(『6x2』の「5B 男女のルネたち」)
ゴダールの映画にも出たんですね。
ヌーヴェルヴァーグの映画,私,結構,途中で寝ちゃうんですよね。
カタストロフィーの理論
で,後年は,生物学や哲学に興味を示し,「トポロジーは死んだ」と言って,数学から離れていきます。
生物の形態形成や生成言語理論に興味を持ち,そういったあらゆる現象のモデルとして,カタストロフィーの理論を完成させます。
どんな理論なんですか?
力学系を土台とした構造安定性とその不連続な分岐(これをカタストロフという)を用いることで,普遍的な説明を行う理論です。不連続な現象を説明する画期的な理論として,一時期大きな注目を集めました。
この理論の中心となる定理は,次の定理です。
「勾配ベクトル場で支配される自然界の現象は,その現象が有限個の状態しか持たないならば,7種類のカタストロフィー型しか持ち得ない」
まずカタストロフィーとは,一般的には,悲劇的結末をもたらす激変,という意味で使われます。ルネ・トムがカタストロフィーの理論で数学的な用語として用いたのは,連続的な秩序だった現象の中から不意に発生する無秩序な現象,を指しています。もちろん数学ですから,悲劇的という意味は含まれていません。
全然何のことやらわかりません。
連続的に変化する状態(例えば時間と共に変化する状態)を思い浮かべてください。この状態が,ある瞬間,不連続的に激変したとすると,その変化の仕方は,7つの型に分類されてしまい,それ以外は起こり得ない,ということです。
どういう現象かといえば,例えば,磁石のS極とN極が入れ替わる,経済繁栄が経済恐慌に変わる,二つの電極の間に突然火花放電が起こる,好きな人が突然嫌いになる,等々。
この定理はトポロジーに留まらず,現代数学の難しい定理を駆使して証明されているのだそうです。
例えばカタストロフィーの概念を定式化するには可微分写像の特異点理論や安定性の理論及び層化集合(stratified set)のトポロジーが使われ,七つの型を決定する部分は代数的に処理されているということです。
はぁ,何となく漠然とはわかりましたが,使われている言葉が全くわかりません。
ま,流石にそれはしょうがないわね。私だって大してわかっているわけじゃありません。世の中にはそういう理論,研究があるんだ,ということさえわかればいいわよ。中身を理解するのは(少なくとも今は)無理です。
では,その7つの基本カタストロフの型とはどんなものか,挙げていきましょう。詳しくは解説しません。
カタストロフィーの7つの型
① 折り目・カタストロフ( Fold catastrophe ) \( V = x^3+ax \)
② カスプ(尖った先端)・カタストロフ( Cusp catastrophe ) \( V = x^4 + ax^2 + bx \)
③ ツバメの尾・カタストロフ( swallowtail catastrophe ) \( V = x^5 + ax^3 + bx^2 + cx \)
④ 蝶・カタストロフ( butterfly catastrophe ) \( V = x^6 + ax^4 + bx^3 + cx^2 + dx \)
⑤ 双極的臍・カタストロフ( Hyperbolic umbilic catastrophe ) \( V = x^3 + y^3 + axy + bx + cy \)
⑥ 楕円的臍・カタストロフ( Elliptic umbilic catastrophe ) \( V = \displaystyle \frac{ \; x^3}{\;3\;} - xy^2 + a(x^2 + y^2) + bx + cy \)
⑦ 放物的臍・カタストロフ( Parabolic umbilic catastrophe ) \( V = x^2y + y^4 + ax^2 + by^2 + cx + dy \)
カスプ・カタストロフの応用例
カスプ・カタストロフの応用例を見てみましょう。
ストレスを受け、おびえたり怒ったりすることで応答する可能性のある犬の行動
① 適度なストレスでは(a > 0)
犬はどのように刺激されるかに依存して,おびえから怒りという滑らかな反応の移行を示します。
② 高いストレスレベルは領域移動に対応する(a < 0)
このとき犬がおびえると「折り目」点に達するまではこれ以上いらいらしてもおびえたままであり、そこに達すると突如不連続的に怒りモードに突入します。
一度「怒り」モードに入ると,たとえ直接的な刺激パラメータが大きく減少しても怒ったままとなります。
化学系および生物系で頻繁に出会う外郭電子移動や,不動産価格のモデリング,経済が恐慌に至るモデルなどにも応用できます。
また,遠方のクエーサーの複数の画像を生成する重力レンズ現象を介して,ブラックホールやダークマターを検出する方法も提供できるそうです。(私にも何のことやらわかりません。笑)
よくわからないけど,何やら,この理論が,現実社会に応用されているということはわかりました。
ルネ・トム自身が「構造安定性と形態形成」という本を著していて,なかなかの名著ではあるんだけど,極めて難しいです。発生や形態形成,減数分裂とか染色体の乗り換えなどの生物現象が,数学やトポロジーの言葉で記述されているのはなかなかシュールです。
あっ,そうそう。サルバドール・ダリの最後の絵画,The Swallow's Tail はツバメの尾・カタストロフを基にしています。
あっ,ホントだ。ダリも守備範囲が広いなあ。それだけこの理論が世界の話題になったということなんでしょうね。