三毛猫ができるメカニズム
さて,X染色体の不活性化のメカニズムについては理解できたと思います(X染色体の不活性化(ライオニゼーション))。では次に三毛猫ができるしくみについてお話しましょう。
ご存知のように,三毛猫とは白と茶(オレンジ)と黒の三色の毛色が斑になった猫のことです。
まず,大前提として W ( White ) 遺伝子が劣性ホモ ( ww ) であることが必要です。この遺伝子は毛色を決める最上位に位置していて,この遺伝子が WW もしくは Ww であれば,全身真っ白な猫になってしまいます。色,模様ができるためには ww であることが必要なのです。
遺伝学では大文字 W が優性(顕性),小文字 w が劣性(潜性)ですね。
そうです。
次に白い斑ができる遺伝子 S( Spotting )が SS もしくは Ss であることが必要です。この S 遺伝子は常染色体にのっています。毛の色は,その色を出す色素細胞が毛根に移動した結果で決まります。S 遺伝子は,この色素細胞の移動を抑制します。ですから SS や Ss では移動が抑制された結果,色素細胞の入らない毛(白い毛)がスポット状に現れるのです。SS の方が Ss よりも白のスポットが広いらしいです。
そりゃ遺伝子の発現量が SS の方が Ss の2倍あるでしょうからスポットは広くなりそうですね。
それにしても,色素細胞の移動を抑制する? いろんな遺伝子があるものですねぇ。
さて,いよいよ X 染色体にのっている O( Orange )遺伝子です。W 遺伝子の次に上位に位置する遺伝子です。
メラニンには黒系の色素であるユーメラニンと、赤黄系の色素であるフェオメラニンの2種類があります。
O 遺伝子はユーメラニンをフェオメラニンに置き換えます。
OO であればオレンジ色になります。(日本では茶と呼ばれることが多いが一応遺伝子の名前に従ってオレンジとしておく)
oo であれば黒色になります。 ここまではいいですね。
で,メスの Oo のヘテロの場合は,今までやってきた通り X染色体の不活性化が起こりますね。
O が発現している細胞はオレンジ色になり,o が発現している細胞は黒色になります。
S が発現していれば,更に白のスポットができて,めでたく三毛猫が出来上がりました。
まとめると,どういう遺伝子の組み合わせだと三毛猫になるかというと,
ww 全身白にならない
SS もしくは Ss 白のスポットができる
Oo オレンジと黒のまだら模様になる
なるほど。3色になる仕組みが見事に説明できましたね。
でも,まれにオスの三毛猫がいるという話でしたが,X染色体が1個しか無いのにおかしくありませんか?
前に,トリソミーの話をしたけど,性染色体でも同じようなことが起こります。それらの例を上げてみます。
Xトリソミー XXX
クラインフェルター症候群 XXY
ターナー症候群 XO
ターナー症候群は女性が1本しか X染色体を持たない場合で「モノソミー」といいます。ターナー症候群と Xトリソミーは女性の病気ですね。もっとも病気と呼ぶべきではないという人もいます。
クラインフェルター症候群は男性なのに X染色体を2本持っていますよね。
あっ,ホントだ。この場合不活性化はどうなりますか?
男性であろうと,X染色体を複数持っていれば,不活性化は起こりますよ。XXXY(これもクラインフェルター症候群)であったとしても活性化されるのは1本だけです。
そっかあ。ヒトでいうクラインフェルター症候群に相当するネコなら三毛猫になりうるわけですね。
そりゃ確率が低いわけですね。
だいたい3万匹に1匹とも言われています。
昔は船に猫を買うことが一般的だったらしい。まあ,食料をねずみに食べられないためだったんだろうけど,船を航海の危険から守る「守り神」であったと言われています。そのとき貴重なネコほど守り神としての価値が高いと信じられていたため,オスの三毛猫は高い値段で取引されたといううわさもあります。
ちょっと気になることが一つあるんですけど。クラインフェルター症候群って名前がついているくらいだから病気なんですよね。でもライオニゼーションによって遺伝子量補償がされているわけだから,女性と同じで問題なくないですか?
一つは生殖能力が殆どないということがあります。減数分裂はしにくいですよね。まあ,他にもいろいろありますが。
生殖能力のある三毛猫のオスは、1979 年にイギリスと 1984 年にオーストラリアで確認されたものの他に,2001 年に日本でも確認されています。
ところで,実はライオニゼーションって X染色体が全て不活性化(ヘテロクロマチン化)するわけじゃないのよ。
減数分裂ってどういうように起こるか,ちょっと説明してみてくれる?
まず 合成期にDNA の複製が起こります。次に第一分裂の分裂前期に父方由来と母方由来の相同染色体が重なって二価染色体を形成します。これを対合といいます。このときに染色体の乗り換えが起こって,2つの染色体が部分部分で取り替えっこをします。このことで配偶子(精子や卵子)の多様性を高めます。第一分裂中期にはその相同染色体が2つに分かれていきます。このことによって今まで2nだった細胞がnになっていきます。
はい。そこまででいいわ。相同染色体が対合するわけだけど,性染色体は相同ですか?
えっ,………いえ,全く違っています。
相同染色体でもないのになんで対合できるの? なぜみんな疑問に思わないのか不思議だわ。
全くわかりません。高3です。もとい降参です。
あなたが「もとい」なんて使ってどうするのよ。
実は性染色体の両端には相同な領域があって,そこで対合できるのよ。偽常染色体部位( pseudoautosomal region : PAR )と呼ばれていて,今までに9つの遺伝子が見つかっています。染色体の乗り換えもたまに起こるそうよ。
で,この部分は不活性化(ヘテロクロマチン化)されていません。ということは XY に比べて XXY はこの領域の発現量が………
なるほど。そういうことか。
で,遺伝子が少ないので生殖機能以外はそれほどひどい症状はでないんですね。わかりました。