北の雪虫
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深夜にテレビを見てたら,演歌で「北の雪虫」なんて歌があるのね。知らなかったわ。
〽︎ わたし雪虫 ひとりぼっちよ 探して あなた
なんて歌ってるけど,ムリです。あの無数の雪虫の中からあなたを探すなんて不可能です。雪虫を見ても区別がつきません。
あっ,さっきマスクの中に入り込んできた雪虫さん,もしかしてあれがあなたですか?
いきなり何の話ですか?
そんな歌があるなんて私も初耳です。
水平思考
昔,水平思考というのが流行ったことがあったのよ。
問題解決のために,既成の理論や概念にとらわれずに,アイデアを生み出す思考方法として,1967年にエドワード・デボノが提唱しました。
従来の論理的思考や分析的思考を垂直思考( Vertical thinking )として,、論理を深めるには有効だけど、斬新な発想は生まれにくいとしています。これに対して水平思考は多様な視点から物事を見ることで直感的な発想を生み出す方法だということです。垂直思考は,既に掘られている穴を奥へ掘り進めるのに対し、水平思考は新しく穴を掘り始めるのに相当するのだといいます。
はぁ,水平思考ですか。なんか,カッコイイ気もしますね。
具体的には,ランダム発想法,刺激的発想法,挑戦的発想法,概念拡散発想法,反証的発想法などが提唱されています。
ただ,今日お話ししたいのは,具体的な水平思考の例として挙げられている,有名な寓話の方なのよ。水平思考というとこの話を思い浮かべる人が多いと思うわ。
へー,有名な話なんですか? どんな話なんですか?
昔,年老いた醜い高利貸しがいました。ある父と若い美しい娘はその高利貸しに多額の借金をし,その返済を迫られていました。困った父と娘に,高利貸しはある提案をします。
「この敷地内に敷き詰められている石の中から,これから白い石と黒い石を一つずつ袋に入れます。娘さんは袋の中から一個石を取り出してください。白い石を取り出したら借金は棒引きにしてあげましょう。黒い石を取り出したら借金は棒引きにしてあげますが,その代わり娘さんを嫁にいただきます。もし拒否するのなら,直ちに借金は返済してもらいます」
ところが,娘は,高利貸しが黒い石を二つ袋に入れるところを見てしまいました。
さて,娘さんはどうしたらいいのでしょう,とエドワード・デボノは問いかけるのです。あきなちゃんだったらどうしますか?
えーっ? でもやれることって限られてるじゃないですか。
「籤を引くのを拒否する」,「インチキを暴いて籤を作り直させる」,「父親を救うために諦めてお嫁にいっちゃう...!?」
くらいしか思い浮かびませんが……
籤を引くのを拒否しちゃったら,返済できなくて父親は投獄されてしまいます。
インチキを暴いたら,「じゃあ,この話は無かったことにしよう」と,やはり返済を迫られてしまいます。
お嫁に行っちゃうのは,もう敗北ですよね。
インチキを暴けないのなら,正直どうしたらいいのかわかりません。
では,娘さんはどうしたのか。
娘さんは籤を引きます。 が,石の色を確かめる前に!敷地に落してしまうのです!
「あらっ, 私ってそそっかしいわね。石の中に紛れてしまって,私が引いた石がどの石か区別がつかなくなってしまいました。だから,私がどちらの色の石を引いたのか,わからなくなってしまいましたね。
でも大丈夫!袋に残ってる石の色を見れば,私が引いた石が何色だったか分かりますものね」
なるほど! その手があったか。
デボノは,
「垂直思考では,娘が取り出す石にとらわれたままなので,解決法を見出すことができない。水平思考では柔軟に考え,視点を変えることで,,袋に残っている石に着目して新しい解決法を編み出すことができる」
と言っているわけですね。
なるほど。 面白い話でしたね。
確率論
次は確率の話です。
箱の中に真ん中に仕切りがあり,そこに2個のボールを入れます。仕切りはそんなに高くないのでボールは自由に箱の中を移動できます。
さて,2個のボールを入れて箱を揺すってかき混ぜました。左の部屋に何個ボールが入っているか賭けをしましょう。賭けに勝ったら賞金をもらえるとすると,何個にかけますか?
馬鹿にしないでください。そんなの確率で一番最初の頃にやりましたよ。
ボールにAとBと名前をつけます。左の部屋,右の部屋に入っているボールを順に並べると,( AB , 0 ),( A , B ),( B , A ),( 0 , AB )の4通りです。だから,左の部屋に2個ボールがくる確率は\( \displaystyle \frac{1}{\;4\;} \),0個の確率も同様に\( \displaystyle \frac{1}{\;4\;} \)です。
1個の確率は\( \displaystyle \frac{2}{\;4\;} \)だから\( \displaystyle \frac{1}{\;2\;} \)になります。当然1個に賭けます。
正解です。2個,0個の確率が\( \displaystyle \frac{1}{\;4\;} \),1個の確率が\( \displaystyle \frac{1}{\;2\;} \)ですね。
でもこれは2つのボールが区別がつくという前提の話ですね。
はあ? 区別がつかないなんてことがあるのですか?
量子の性質
まあ,この現実世界では区別がつかないなんてことはないので,考えにくいですよね。
でもこれが量子の世界だったらどうかというのが今日のお話です。
量子? よく聞きますけど,量子ってなんですか?
さまざまな物理量は,どんな値でも取ることができるわけではなく,とびとびの値を取ります。その最小単位のことを,量子と呼んでいます。
具体的には電子とか光子なんかがその代表ですね。
もし仮に量子は「区別がつかない」とすると,先ほどの確率はどうなるでしょうか?
えっ,区別がつかないとするとどうなるのかな。区別できる場合と変わってくるのでしょうか。んんん?
さっきは区別がついたから,( A , B )と( B , A )は別のものでした。区別がつかないとなると,これは同じことになります。
つまり区別がつかない場合は( 2 ,0 ),( 1 , 1 ),( 0 ,2 )の3通りしかないことになるのです。ということは左の箱に2個入る確率も,1個入る確率も,0個になる確率も全て同じ,\( \displaystyle \frac{1}{\;3\;} \)になるのです。
区別できる場合と区別できない場合とでは実現する確率が違ってくるのです。
はあ,そうなりますか。でも本当にそんなことになるのですか?
量子の区別がつくかつかないかをここで議論しても仕方ありません。実際に確率を調べたらどっちになるのか実験して決着をつけなければなりません。
今の話と同じではありませんが,本質的に同じ実験を,現代の技術では実際に行うことができます。
その結果は,\( \displaystyle \frac{1}{\;3\;} \)になりました。量子は区別がつかないのだ,という結論です。
はあ,量子は区別がつかないんですか。
例えば光子には,電荷がゼロ,質量がゼロ,とあともう一つスピン,という3つの特徴しかありません。量子というのはいわばのっぺらぼうなんです。
のっぺらぼうといえば,アシㇼパさんの………
ん? アシㇼパさん? 誰?
例えば,左からきた水素原子 \( \ce{H} \) と右からきた水素原子 \( \ce{H} \) が衝突して,水素分子 \( \ce{H2} \) ができたとします。
この時,水素分子の中には左からきた水素原子に含まれていた電子と,右からきた水素原子に含まれていた電子が存在している,というわけではない,ということです。この水素分子の中には,そのような属性を持たない,区別のつかないただ2つの電子が存在している,ということなのです。
はあ,量子って不思議な世界ですね。
あなたは,これからさらに不思議な量子の世界へと入り込んでゆくのです。